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最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)61号 判決

東京都中央区銀座八丁目五番五号

プリックビル

上告人

米洲販売株式会社

右代表者代表取締役

原孝子

右訴訟代理人弁理士

林孝吉

東京都文京区大塚二丁目四番八-五〇七号

被上告人

勝又惠子

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第五八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年一二月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人林孝吉の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

(平成八年(行ツ)第六一号 上告人 米洲販売株式会社)

上告代理人林孝吉の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について判断を遺脱した違法がある。以下その理由を詳述する。

一 本件商標

本件登録第二一六八五六一号商標(以下本件商標と称す)は甲第二号証に示す如く、「原米洲」の文字を横書きして成り、第二四類「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機(電気蓄音機を除く。)、レコード、これらの部品及び付属品」を指定商品として平成一年九月二九日付で登録せられたものである。

二 之に対して、原判決の第一の引用例に係る登録第五七〇七三八号商標(以下引用A商標と称す)は甲第三号証に示す如く「米洲」と縦書きして成り、第六五類「人形その他本類に属する商品」を指定商品として昭和三六年五月一日付で登録され、第二の引用例に係る登録第二〇一五二九八号商標(以下引用B商標と称す)は、平仮名文字にて「べいしゆう」と横書きして成り、第二四類「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具」を指定商品として昭和六三年一月二六日付で登録されたものである。

三 原判決の要旨

「原米洲の名の周知性の認定の誤りについて」

昭和四一年三月二四日付け読売新聞千葉版(甲第五号証)、同日付け朝日新聞千葉版(同第六号証)及び同日付け千葉日報(同第七号証)によれば、昭和四一年三月二三日、人形作家「原米洲」(本名「原徳重」、雅号「米洲」)の古典人形製作技法のうち「胡粉彩色の技術」が国の重要無形文化財指定に準ずる措置である「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財(記録作成が必要な文化財)」として国の手で記録保存されることが答申され、答申に従って正式決定されることが、いくつかの全国紙の千葉版及び地方紙で報道されたこと、昭和四一年十一月十二日付け東京新聞(同第八号証)及び同日付け読売新聞(同第九号証)によれば、人形作家原徳重(雅号「米洲」)が黄綬褒章を授章したことが全国の千葉版及び地方紙で報道されたこと、昭和六三年度版美術名鑑(同第十号証の一、二)には、「原米洲」が現代人形著名作家に挙げられ、「無形文化財、勲五等瑞宝章、黄綬褒章、東宮御所献上、国立東京博物館永久保存」と紹介されていること、昭和五八年から昭和六三年(ただし、昭和六十年を除く。)発行の高島屋ひな人形カタログ(乙第十二~第十五号証、同第四号証)、昭和五九年、昭和六二年、昭和六三年発行の高島屋五月人形カタログ(乙第一、第三、第五号証)、昭和六十年発行の三越ひな人形カタログ(乙第二号証)には、原米洲製作のひな人形あるいは五月人形が写真によって示され、「無形文化財原米洲作」、「米洲作」として紹介されており、有名デパートで、昭和五八年から昭和六三年ころにかけて、販売されていたこと、株式会社学研発行「ラ・セーヌ」昭和六一年十一月号(同第七号証)によれば、昭和六一年十一月頃、無形文化財「原米洲」が製作した御所人形、ひな人形、武者人形の広告が全国に頒布される大手出版社発行の雑誌に掲載されたことが、それぞれ認められる。

そして、商標登録出願に対する登録査定に当たり、商標法四条一項十一号に規定する消極的登録要件の存否は、査定時を基準として判断するべきものであるところ(同条第三項の反対解釈)、商標登録無効審判請求手続においては、同号の規定に違反して登録査定がなされたか否かを判断する(同法四六条一項一号)のであるから、その判断の基準時は登録査定時とすべきことは明らかであり、上記認定の事実によれば、本件商標の登録査定時である平成元年五月十二日当時、人形の取引者、需要者の間において、原徳重は、「米洲」の雅号でもって、日本の古典人形の製作者として著名であり、「原米洲」あるいは「米洲」は、同人を表す名称として、広く知られていたことが認められる。

したがって、本件商標の登録査定時において、本件商標をその指定商品中「人形」について使用すれば、「原米洲」の文字に接する取引者、需要者は、「原米洲」の文字が著名な人形作家を表示したもので、その「原」が同人の氏であり、「米洲」がその名あるいは雅号であることを容易に認識できることは明らかである。

原告主張の取消事由一の主張は採用できない。

「類比判断の誤りについて」

上記事実によれば、「原米洲」の漢字を横書きした別紙一表示の構成よりなる本件商標は、その文字に相応して、「ハラペイシュウ」の称呼を生じ、著名な人形作家の名称あるいは雅号である「原米洲」、「米洲」の観念が生ずるものというべきである。

他方、「米洲」の漢字を縦書きした別紙二A表示の構成からなる引用A商標と、「べいしゆう」の平仮名文字を横書きした別紙二B表示の構成からなる引用B商標は、それぞれの文字に相応して、「ベイシュウ」の称呼を生じ、上記事実によれば、これらをその指定商品中「人形」について使用すれば、著名な人形作家「原米洲」の雅号である「米洲」が想起され、人形作家「原米洲」が観念されるものと認められる。

従って、本件商標は、引用A商標及び引用B商標の有する人形作家「原米洲」の観念が生ずることにおいて同一であり、称呼において類似し、また、外観においても、本件商標と引用A商標とは、「米洲」の文字において一致し、その字体においても類似するから、全体として類似する商標というべきである。

四 原判決は本件商標と引用A商標及び引用B商標との類否判断を誤り、その結果、本件商標は商標法第四条第一項第十一号の規定に該当せず、法令の適用を誤った違法が存在する。

そこで、原判決に示すように、「原米洲」の名が本件商標の登録査定時(平成元年五月十二日)に周知の域に達した点及び、それ故に本件商標が引用A商標並びに引用B商標に類似すると認定した点について検討する。

〈1〉 「原米洲」の名の周知著名性の認定の誤りについて

原判決は甲第五号証乃至甲第十号証、及び乙第一号証乃至乙第五号証、乙第七号証及び乙第十二号証乃至乙第十五号証によって本件商標の登録査定時である平成元年五月十二日当時、人形の取引者、需要者の間において、原徳重は「米洲」の雅号でもって、日本の古典人形の製作者として著名であり、「原米洲」あるいは「米洲」は、同人を表す名称として広く知られていたことが認められる。と認定している。

而して、上告人の提出した甲第五号証乃至甲第九号証は、「原徳重」に関する新聞記事であるが、之等は本件商標の登録査定時より遙か二十数年前の読売新聞、朝日新聞の各千葉版又は千葉日報、東京新聞の千葉版等であるが、之等の記事が各新聞の一面に大きく取上げられ、且つ、数ケ月又は数年に及んで連続して掲載され世人の興味を著しく惹いていた場合は本件商標の登録査定時当時に於ても、一般取引者、需要者間に於て印象として残っていることも考えられないこともないが、単に一日の地方版の一部に掲載された記事を一般取引者、需要者のうちのどれだけの人が読んだか不明であり、且つ、現に読んだとしても果たして二十数年前の之等記事を二十数年後に於ても明確に覚えていると云う人は少なくとも人形の一般取引者、需要者間には殆どいないと考えるのが自然である。

又、甲第十号証に示す美術名鑑を人形の一般取引者、需要者の多くが購入して之を読むと云うことは考えにくい。即ち、この美術名鑑に興味を有する一部の特定人にしか読まれないような書籍に「原 米洲」の名が掲載されているとしても、この事実を以て人形の一般取引者、需要者間に「原 米洲」の名が広く知られていたとは考えにくい。即ち、之等の各記事は不特定多数人が公然と購入し得る状態におかれていた刊行物ではあるようであるが、この刊行物が存在すると云うことと、人形の一般取引者、需要者が現実に刊行物に記載されていた「原 米洲」が人形作家であると云うことを本件商標の登録査定時当時に於て人形の一般取引者、需要者が明確に先入観として知覚していると云うこととは全く異なるのである。この点については乙第七号証も右甲第十号証と全く同一の事情が存在する。即ち、ファッション雑誌と思われるものを人形の一般取引者、需要者の多くが現に購入して、人形作家の「原 米洲」の名を読んだかどうか、又は読んだとしても知覚したかどうか或いは、この掲載内容から「原 米洲」の名を本件商標の登録査定時当時に於ても明確に知覚していたかどうかについては全く不明な筈である。むしろ、ファッションに興味を有する極めて少ない特定人によって購読されると思われるような乙第七号証が存在するとしても、人形の一般取引者、需要者の多くが之を購読して本件商標の登録査定時に於て明確に「原 米洲」の名を知覚しているとは断じ得ないことは当然である。

又、乙第一号証乃至乙第五号証は乙第二号証の三越の昭和六十年度のひな人形カタログの外は高島屋の昭和五九年度乃至昭和六三年度の五月人形カタログであり、乙第十二号証乃至乙第十五号証は、昭和六十年度を除く、昭和五八年度乃至昭和六二年度の高島屋のひな人形カタログであるようであるが、之等カタログが存在していたと云う事実は推定できるが、之等カタログの印刷部数並びに現にどのように配布されたかについては証明されていない。従って、之等カタログに人形作家の「原 米洲」が記載されており、そして、「原 米洲」は「原徳重」であって雅号が「米洲」であると覗い知る程度に記載されているとしても、之等のカタログの存在によって直ちに本件商標登録査定時に、人形の一般取引者、需要者間に周知著名であったと云う事実を認定し得ないことは当然である。即ち、カタログの存在とその使用とは別問題であり、印刷しても使用されないことがある。従って、之等カタログの使用及び配布方法並びに地域的広さ等も同時に証明されねば、之等カタログが存在する故を以て本件商標の登録査定時に於て、人形の一般取引者、需要者の多くが「原米洲」が人形作家として周知著名であり、そして、「米洲」とも云われていたと云う事実を知覚していたとは断じ難いのである。

斯くして、以上の各証拠を総合して判断しても、本件商標の登録査定時である平成元年五月十二日当時、人形の一般取引者、需要者の間において、原徳重は「米洲」の雅号でもって、日本の古典人形の製作者として著名であり、「原米洲」或いは「米洲」は同人を表す名称として、周知著名であったと認めることはできない。

〈2〉 本件商標と引用商標との類否判断の誤りについて

原判決は十四頁十行に「人形の取引者、需要者の間において、……」と認定されているが、少くとも、商標法第四条第一項第十一号の法条を適用するに当っては、本件商標登録査定時に於て、周知著名であると認定するための「取引者、需要者」は人形の「専門家ないし専門業者」を指称するものではなく、一般の取引者、需要者の間において周知著名の域に達していなければならないのである。而も、原判決は同十四頁十三行に「……広く知られていたことが認められる。」と認定されているが、単に「広く知られていた」即ち、一般に言われるところの周知の程度では足りないのであり、「原米洲」の商標に接する人形の一般取引者、需要者が、本件商標登録査定時に於ては本件商標の「原米洲」を一見して直ちに人形作家の「原徳重」を想起し、そして、雅号が「米洲」であると直観し得る程度の著名性を有することが必要であり、単に、商標法第四条第一項第十号の周知性の程度では足りなないのであるが、この点については原判決は明らかにしておらず、審理不尽さもなければ理由不備の違法がある。

そこで、本件商標が引用各商標に類似しない点について基本的な概念に基づいて検討する。

a 外観が類似するや否や

外観類似は視覚に訴えて観察するのであるから、商標は全体が一体として視覚の対象となり、依って、この構成部分に軽重の差はないのが原則であるから外観の点に関しては本件商標と引用各商標とは全く区別でき、何人も相紛れる者はいない。

b 観念が類似するや否や

観念は商品の出所の混同を生ぜしめる商標の知覚的要因であるから、一見して世人に直ちに一定の意義を理解させるようなものでなければならない。即ち、暫く考えねば関係が分からないような語や、或いは甲第五号証乃至甲第九号証に示す二十数年以前の新聞の地方版を人形の一般取引者、需要者が求めて判読して始めて分かるような語や、或いは甲第十号証又は前記乙各号証の高島屋のカタログを求め、該カタログ中の記載を判読して始めて同一の意義であることが分かるような語は、人形の一般取引者、需要者が一見して直ちに対比される商標と同一の意義を有するものであると理解されるとはいい得ないのである。而も、本件商標は「原」「米」「洲」の各文字の結合が極めて自然であって、且つ、夫々の各文字間に軽重の差もなく、完全に結合された「造語」と云うべきであり、一連不可分の原則によって考察されねばならないから観念も全く非類似となる。

c 称呼が類似するや否や

商標の称呼は、商標から自然に流れ出るところによって判断されねばならない。而して、本件商標は前述したように「原米洲」の名が本件商標の登録査定時に於て、人形の一般取引者、需要者間に周知著名であったとは断じ難いので、分離観察が不可能であり、一連不可分の原則により全体を一体として考察せねばならない。

然るときは、通常は音読み並びに訓読みに従って夫々一連に称呼されるのが自然であるが、仮に訓読みと音読みとがミックスされて、本件商標が「ハラベイシユウ」と称呼されるとしても、称呼自体は円滑に為され、何ら不自然に称呼されるものではない。而も、商標の一体性の原則により「ハラ」又は「ゲン」の称呼を除外することができない以上、「ハラベイシユウ」又は「ゲンベイシュウ」と一連に称呼されるのであるから、引用商標の「ベイシュウ」とは称呼の点においても相紛れることはあり得ない。

依って、本件商標は商標法第四条第一項第十一号に該当しない。

尚、詳述すれば、本件に於ては人形作家「原米洲」と「原徳重」とは同人であり、その雅号が「米洲」であるとして人形の一般取引者、需要者間に周知著名であれば、該周知著名性が人形の一般取引者、需要者の先入観となって本件商標と引用各商標との識別を誤まらしめる場合がありうるため、前記人形作家の周知著名性が取引の実情の一つとして考慮されるに過ぎないのであるから、仮に指定商品の一つの人形についての業者とか専門家の間に於て著名性であったとしても、それは単に該専門家、専門業者間における著名性に過ぎず、一般取引者、需要者に対しては未だ周知著名であったとは断じ難いのである。依って、典型的登録基準に適合して登録された本件商標と被上告人の各商標とは全く非類似であることは明らかである。

更に又、本件商標が既登録の被上告人の商標と類似であるかどうかを判断するのは、前述せる通り人形作家が一般取引者、需要者間に周知著名であるとして、一般の取引者、需要者が商品の具体的出所の混同を来すかどうかの見地からも判断されねばならないことも当然である。即ち、商標が商品の取引に相当の注意力を有すると見られる専門家、專門業者間に於ては著名性があっても、被上告人が提出している証拠方法の程度では未だ推測の域を出でないので、前記専門家、専門業者以外の一般取引者、需要者が商品の具体的出所の混同を来すことはあり得ないことは昭和五二年(行ケ)第六二号及び昭和五一年(行ケ)第一四二号判決(甲第十二号証)等に徴しても明らかである。

又、上告人は念の為、前述の周知著名性を明らかにするため、甲第十一号証を提出しているが、「該証には出願商標は「孫六」と書して成るものに対し、引用商標は「関孫六」と書して成るものであるが、両者は、外観上前者は後者の類似範囲を脱する差異があると謂えるところのものであるにしても、これをその観念上よりみるときは、後者に於ける商標の要部は「関孫六」の文字にあることは明らかであるのみならず、この「関孫六」の文字は刀剣の作銘として頗る周知著名に係るところのものであること明らかであって、又、この作銘は単に、「孫六」とも略称されていることは取引上顕著なる事実であると謂える。このような訳で「孫六」と謂えば「関孫六」のことであることも容易に想起せしめる事実も亦明らかなところであると謂わねばならない。」と認定されている。

即ち、「関孫六」は「孫六」と略称され、そして、「孫六」の商標の審査当時に於て「刀剣」を取り扱う分野のみならず、その他の分野に於ても「関孫六」又は「孫六」が刀剣の作銘として全国的に頗る周知著名であって、特別の証拠方法の提出を俟つまでもなく世人は誰でもその周知著名性を知覚しており、「関孫六」又は「孫六」は歴史上の人物としても著しく名声の高い人物として日本人に親しまれ、世人に周知著名であったのである。

斯くして、「関孫六」の商標から「孫六」の称呼観念が生じることは当然である。

之に対して、本件商標「原米洲」に対する被上告人の商標の「米洲」又は「べいしゆう」は「原徳重」の略称として、恰も前記「孫六」と同様に周知著名であるとは、少くとも人形の一般取引者、需要者間に於ては之を是認し得ることはあり得ない。即ち、程度の差はあるとしても、一般取引者、需要者が普通の注意力(専門業者等による特別の専門的注意力ではない)によって「原米洲」の商標を一見したとき、直ちに「原徳重」又は「米洲」を直感し得るものではない。

以上、要するに、被上告人の提出した証拠によっては本件商標「原米洲」が「原徳重」及び「米洲」と観念が同一であって、外観及び称呼上も相紛れる程度に人形の一般取引者、需要者間に於て同一人物として周知著名であることを証明し得るものではない。

依って、本件商標は商標法第四条第一項第十一号に該当せず、原判決は取消さねばならない。

以上

(添付書類省略)

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